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もっかい見るシリーズ「戦国自衛隊」

情報化社会と言われて久しい。あたりを見渡すとHuluだのAmazonプライムだの、動画見放題のサービスを契約している人が多い、、、という事実に驚いた。
しかし、情報の取得があまりにも手軽で、消化不良のまま通り過ぎているような気がしてきた昨今。過去に見たそれらの作品が、どのような意味合いを持っていたのか解き明かさないことには前に進めない気がしてきて、昔の作品を見返し、再定義してみることにした。


そういうわけで「戦国自衛隊」。一言で言うと、

自衛隊が戦国時代にタイムスリップして戦う

という至極単純なストーリー。この設定の時点でワクワクすると思うのだが、1979年当時のスポンサー(老害化してたと思われる)には「それの何が面白んだ!?」と、まったく理解されず、借金をしての制作だったらしい。
先行して小説があったらしく、若者には人気だったようだ。

公開は、1979年。1970年に三島由紀夫が自決し、1972年に浅間山荘、1975年にベトナム戦争が終結、、、これらの世相が作品にどのような影響を及ぼしているのか興味があった。当時僕は小学生だったから、そんな知性など持ち合わせていなかったからだ。

そのような世相から考えると「反戦!平和!自衛隊廃止!」的な、自衛隊を貶めるような表現をされているのかと思ったら、案外そうでもなかった。もちろん、千葉真一演じる伊庭がクーデターを計画してたとか、やたらと戦争好きな演出はされていたが、ストーリー上、必要な性格描写であろう。

アメリカ(自衛隊)vs ベトナム(戦国武士)

と見立てた場合、意図的に貶める気があったなら、伊庭(千葉真一)と上杉謙信(夏八木勲)の友情や、それに伴うあのような結末を描かなかっただろうから。

ともあれ「天下統一したら、歴史の神が我々を現代に戻してくれる」というトンデモ理論の持主 伊庭(千葉真一)に率いられ、上杉謙信と共に天下統一を目指すことになるのだが、映画には語られなかった裏設定があったらしい。自衛隊がタイムスリップすることによって、歴史的必然を彼らが演じることになり、

本来それを実行するはずだった人物がこの世に存在しなくなる

ということで、それゆえに織田信長と明智光秀は映画には登場しない。その役割を自衛隊と上杉謙信が演じてしまうからだ。

なにはともあれ「小野みゆき」。自衛隊に付きまとい、その最後を看取ることになる女性なのだが、このキャラクターがどうにもおかしい。話の流れ上、合戦の最中でも付きまとっているようだが、常識的にはもちろん不可能だ。これを、

「昭和映画の雑な設定」

と見ることもできるが、

「なんらかの超自然的な存在」

と考えると、腑に落ちる点がある。この女性、コミュニケーションを取るのは自衛隊のみで(とはいえ、確か一言も発しなかったと思うけど)、戦国の人々とは一場面も交わってない。どうも戦国時代の人々には彼女が見えず、自衛隊にしか見えていない節がある。原作も読んでないし、映像も見返してないので僕の考えすぎの可能性大なのですがね。

そんなわけで、自衛隊があまり肯定的に描かれてないことから協力を得られなかったそうで、ほとんどの武器は自作のハリボテだったようだ。中でも戦車は後に様々なテレビ番組に使われ、最終的に

「お笑いウルトラクイズ」に使用される

というよろしく哀愁。


雪山
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